
キャンプの原点は「不便」にあった
昔、あるタレントの方が
「キャンプは不便を楽しむものだ」と話していたのを思い出します。
当時、貧しかった僕は、お金のかからない遊びとしてキャンプを楽しんでいたので、その言葉に強く共感したのを思い出します。
実際、キャンプというのは本来とても不便なものです。
電気もなければ、水道もない。天候にも左右されるし、虫もいる。
けれど、その不便さの中にこそ、日常では味わえない時間がありました。
特にバックパックから始まったキャンプは、必要最低限の装備を大人二人と、5歳と三歳の子供たちで人力だけで運びます。車じゃないので現地に着いたら翌日の電車が動き出すまで何があってもそこにいることになります。
ほかのキャンパーや、管理人さんが常駐しているなら心強いですが、当時は我々だけどいうことも多かったので、結構サバイバル感もありました。
何もないからこそ感じるもの
キャンプを始めた数十年前は、今よりも人も少なく、もっと自由な空気がありました。
直火で焚き火をするのも当たり前で、帰るときには跡を残さないようにきれいに戻す。
それが一つの「かっこよさ」でもあったように思います。
自然の中で過ごす時間は、とても静かです。
やることはそれほど多くありません。
ただ川を眺めたり、本を読んだり、焚き火の炎を見つめたりする。
それだけなのに、なぜか心が落ち着いていく。
何もないからこそ、感じられるものがあったのだと思います。
便利になったキャンプ
やがてキャンプが週末の習慣になると、少しずつ変化が出てきます。
より快適に過ごすために、テーブルや、チェアー、ランタン、ツーバーナーコンロなどの道具を使うようになります。
それらは不便な自然の中で、ゆっくり過ごすための「必要な道具」になっていきました。
これは決して悪いことではありません。
むしろ、快適さがあるからこそ続けられるという面もあります。
しかしその一方で、アウトドア用品はどんどん高額になり、
見た目のかっこよさやブランドを競い合うような雰囲気も感じるようになりました。
気づけば、「不便を楽しむ」というよりも、
「どれだけ快適に過ごせるか」が重視されるようになってきていたように思います。
不便から始めるという考え方
ここで少しだけ、原点に戻って考えてみたくなります。
キャンプの魅力は、もともと「不便さ」にあったのではないか。
そしてその不便さがあるからこそ、日常とは違う時間が生まれていたのではないか。
便利な道具を揃える前に、まずは最低限の装備で過ごしてみる。
少し不便な状態を受け入れてみる。
そうすると、普段は気づかないことが見えてくるかもしれません。
火を起こす難しさ。
暗闇の静けさ。
何もしない時間の長さ。
それらすべてが、キャンプの本来の楽しさだったような気がします。
まとめ:キャンプの本当の豊かさ
キャンプは、便利さを持ち込むことで快適にもなります。
しかし同時に、不便さを受け入れることでしか得られない豊かさもあります。
大切なのは、どちらか一方ではなく、
自分にとっての「ちょうどいいバランス」なのかもしれません。
便利な道具に囲まれたキャンプも良いですが、
ときには少しだけ原点に戻ってみる。
そんな時間もまた、
キャンプの楽しみの一つなのだと思います。
ソロテント買った話
▶ソロキャンプ
プリムスガスツーバーナー修理しました。
▶ガスツーバーナーOリング交換