奇跡の再会、玲香

夏の夜の風が心地よく吹き抜ける市営野球場。康太は約束の場所へ急いでいた。街の外れにある喫茶店で知り合った女の子と会うのだ。

その日の昼間、康太が店に入ると、いつもの康太のお気に入りの席に彼女はいた。康太は仕方なく他の席に座り、そのうち友達も集まってきて、いつものようにバンドやバイクの話で盛り上がった。しかし、康太は店の奥の女の子が気になっていた。彼女の瞳と康太の視線が重なるたびに、何か特別な縁を感じていた。しばらくして勇気を振り絞り、康太は彼女に声をかけた。

「誰か待ってるの?」

康太の言葉に彼女は、少し驚いた様子を見せながらほんのりと頬を染めて微笑んだ。そして首を横に振りながら「ひとりだよ、昨日はじめて来たんだけど、このノートに興味があって」

その店のノートには康太がよく書き込みをしていた。

「あ!それ書いたの俺」「(ko)って書いてあるでしょ、康太が本当の名前」

「康太くんかよろしく」

「そっちは、名前は?」

「ないしょ」

「エ〜ずるいよ、俺、名前教えたじゃん」

「勝手に自分で言ったでしょ」

「ま〜そうだけど、ま、いいか〜」

彼女の名前も知らぬまま、2人の会話は時間を忘れさせるほど盛り上がった。

「将来は音楽の仕事したいんだけど、ミュージシャンとしてやるには俺には限界があるって思うから音楽関係のイベントプロデューサーとか、なりたいんだよね」

彼らは共通の趣味や好きな音楽について語り合い、互いの胸の内を明かしていった。

お互いの存在が不思議なくらいに自然で、まるで長い付き合いの友人のようだった。しかし彼女は明日には那覇へ帰ってしまうと言う。夏休みの3日間だけ親戚のうちに来ているとのことだった。

「夜って何してるの?また会いたいな」

「別に何も?おじさんとおばさんとご飯食べた後はゲームしてるだけ」

二人はその日の夜に、もう一度会うことを約束した。待ち合わせ場所は街からさほど遠くない市営野球場だった。17歳、思春期真っ只中の康太は不思議な魅力を持ったその娘との夜のことを思うと心が高鳴り、期待に胸を膨らませていた。

そして夜になり、いくつかの照明だけが灯る市営野球場、約束の時間に彼女が現れた。

そして昼間とは見違えるほどの可愛い微笑みを見せながら康太の元へ歩いてきた。

「こんばんは、康太くん。ジョニーウオーカーを買ってきたよ、ほらっ!」

康太は彼女から手渡されたウイスキーを受け取り、少し不良ぶりながら頷いた。「おう、でも未成年なのに飲んでも大丈夫?親戚の人にバレたら怒られない?」

実は昼間の喫茶店でジョニーウオーカーが好きだと、テレビCMで知ったウィスキーの銘柄を格好つけて言ってしまったのだ。飲んだこともないのに、、。

彼女は笑いながら答えた。「エ〜もしかして、本当はお酒飲んだことないんでしょ?大丈夫だよ薄めなら、コークハイ美味しいよ、乾杯しよう!」

市営野球場の周囲に植えられた一番大きなガジュマルの木の下に小さなレジャーシートを敷いて座り、ウイスキーのコーラ割りを作り始めた。炭酸の泡が上がる音と夜風が二人を包み込む中で、彼らは緩やかにウイスキーコークに酔い、いつしか静かな幸せを感じていた。

そのひと時は、夏の日の魔法のような時間だった。星々が瞬く夜空の下で、二人は笑い合い、涙し合い、真剣に語り合った。まるで昔からの恋人のように。

遠くからオートバイの排気音が聞こえ、やがて「コーター」「おーい」

2人は急いで木の陰に隠れた、昼間、一緒に喫茶店にいたバンド仲間のヒデだった。
「此処じゃないのか」と言い残してヒデは帰って行った。

しばらくの間2人はぴたりと寄り添い、そしてまるでドラマのようにどちらからとも無く、キスをした。

運命のように出会った二人は、それぞれの心に燃えるような感情を抱きながら、ひと夏の恋に身を委ねた。

「俺、実は初めてなんだ」彼女の胸に触れながら小さな声で恥ずかしそうに言う康太に「大丈夫、私もそんなに経験ないよ、2度目」
彼女は康太の手を取り自身の下腹部へと導いた滑らかな彼女の肌は月あかりを反射し美しく光っていた。

幸福な時は短く、夜は深まり、やがて白々と夜が明け別れの時がやってきた。そして2人は、ひと夏の恋と割り切って、現実のそれぞれの道へと帰っていった。

互いに連絡先を交換しなかった事を後悔しながらも、この夜の出来事は二人の心に深く刻まれ、忘れることのない思い出となった。

その後、幾度か夏がやってきたが、あの日の様な出会いが再び訪れることはなかった。

そして更に数年が過ぎ、島を出て東京で暮らす康太は、音楽フェスの音響スタッフとして故郷に戻ってきた。

フェスの当日、康太は懐かしいあの夏の思い出の市営野球場で、音響機器のセッテイングの仕事に追われていた。アルバイトのスタッフも大勢が参加、機材運びや、飾り付けなどみんな忙しく動いている。
作業を進めるうちに遠くにいるスタッフの1人の女性が気になリ始めた。
見覚えのある横顔、後ろ姿、

「やっぱりそうだ!」
彼女が振り返った瞬間、康太は女性の元へ駆け出していた、そしてその女性は康太に気付くと、あの素敵な笑顔を返してきた。

「康太くん、ほんとに?、やっと会えた、ずっと会いたかったんだ」

「イベントの仕事がしたいって言ってたから、会えるかもしれないと思って私、ありえないって思いながら、いつもイベントスタッフのバイトがあると応募してたの、そしたら、しかも此処で、こんなこと本当にあるなんて」

彼女の目には涙が滲んでいた。

「聞いていい?名前聞いてなかった、名前は?」

「この前教えなくてごめんね、私は玲香」

「玲香、俺もずっと玲香のことが気になってたんだ」

「今夜、会える?これが終わったらあの場所で」

「もちろん」

フェスが終わった夜更け、あの夏の日の、あの場所に康太と玲香の姿があった。