大神島に眠る、キャプテン・キッド財宝伝説

沖縄県宮古列島の北、青く静かな海にぽつんと浮かぶ小さな島、それが大神島です。周囲わずか2.5キロほど、人口は数十人に満たず、今も電波の届きにくい静寂の島として知られています。この島は、古代から神が宿る島とされ、島全体が祈りと禁忌に守られた聖域とされてきました。

そんな大神島には、数百年にわたって密かに語り継がれてきた伝説があります。17世紀末の出来事,

海賊キャプテン・キッドと、彼が残したという莫大な財宝にまつわる物語です。

1690年ごろ、大神島は他の琉球の島々と同じく、比較的平和な時代を過ごしていました。しかし、ある日突然、見たこともない巨大な異国の帆船が島に近づいてきます。その船の姿を最初に目撃したのは、島に住む兄弟でした。彼らは得体の知れない船の異様な気配に恐れをなし、島の聖所である洞窟の奥へと逃げ込みました。

間もなく、外国の船員たちが上陸し、島の家々を襲い、食糧や家畜を略奪。島民たちに容赦ない暴力をふるい、命を奪っていったといいます。全てが終わった後、兄弟が洞窟の外に出てみると、生き残ったのは彼ら二人だけだったのです。

二人はやがて島に留まり、協力し合って生き延び、現在の大神島の住人たちの祖先となったと伝えられています。

このとき島を襲った船の正体が、あの悪名高い海賊、キャプテン・ウィリアム・キッドの船だったというのが、島に残る伝説です。キャプテン・キッドは、当時イギリスの私掠船として活動していましたが、後に海賊行為で指名手配され、インド洋や東南アジアの海域で略奪を繰り返していました。途中、東アジアからアメリカへ帰る途中、荷の重さや追手を警戒し、略奪品の一部を途中の島々に隠したという記録も残っています。

この伝説は大神島だけではありません。鹿児島県のトカラ列島にある「宝島」にも、ほとんど同じ内容の伝承が存在しています。宝島では、キッドが上陸して財宝を隠し、数日後に再び船出したと伝えられています。これらの類似伝説は、時代や地理の差を超えて、共通の「財宝の隠匿」というモチーフを持ち、後の冒険文学や民話の基礎にもなりました。

興味深いのは、キャプテン・キッドの財宝に関する伝説が世界中に点在していることです。カリブ海やマダガスカル、インド洋の島々、さらにはベトナムの孤島にまで、彼が財宝を隠したとされる場所が少なくとも11ヶ所以上存在するとされます。なかには、実際に金貨や銀貨が発見され、イギリス政府に証拠品として提出された記録がある場所もあります。これにより「本当にキッドの財宝は存在するのではないか」という期待が高まり、20世紀初頭、世界中で本格的な宝探しブームが巻き起こったのです。

日本でも1920年代、大正末から昭和初期にかけて、大神島にキッドの財宝が埋まっているという噂が広まり、島には多くの探検者や財宝ハンターが押しかけました。しかし、島は今も変わらぬ静寂をたたえ、宝の在りかを語る者は誰もいません。

大神島の森と海は、何も語らぬまま、すべてを静かに包み込んでいます。風が洞窟を通り抜ける音は、かつての兄弟の祈りか、それとも、いまだ見ぬ財宝の在処を告げるささやきなのか——。

伝説は、今もなおこの神の島で、息を潜めて生き続けているのです。

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