ネクターは桃色

「紗代ちゃんはこっちから飲むから、ゆうくんはこっちから飲んでね」
ネクターの缶についている専用の缶切りで、缶の蓋の両端に飲み口用の穴を開けながら紗代ねえさんが言った。

「ゆうくんネクター好きでしょ?」

ぼくたちは植物園に来ていた。これと言って何もないこの島で、まだ出来たばかりの植物園が唯一、お出かけ感を感じられる場所だったのでここへ連れてきてくれたんだろう。

数日前に紗代ねえさんが家に来た時に、「ゆうくん、こんどの日曜日 紗代ちゃんとデートしよう」って誘ってくれたのだ。デートという言葉に小学4年生の僕の心はときめいていた。

紗代ねえさんは歳の離れた兄の婚約者で、とてもきれいな人だった。
数日前に兄と島に戻って来ていたのだが、兄は仕事の関係で先に本島に帰って行った。紗代ねえさんはまだしばらくここに残るらしい。
紗代姉ちゃんは僕のことを、とても可愛がってくれて会うたびにお小遣いもくれた。
兄のお嫁さんになることがとても待ち遠しかった。「こんなに素敵なきれいな、スターのような美しい人が僕のお姉さんになるんだ」お小遣いのせいではなく、本当に嬉しかった。

そんな頃にデートの誘いは僕のハートを貫いてしまった。
紗代姉ちゃんにしてみれば、愛する人のかわいいい弟を普通に可愛がってくれただけなのだろうが、小学生の僕にばデートって言う言葉は強烈で、当日までドキドキの日が続いた。

当日の朝、タクシーで家まで来た紗代ねえさんは黄色のノースリーブに白いミニスカート姿で、タクシーを待たせたまま「ゆうくーん」と迎えに来た。本屋で見かける雑誌の表紙のモデルさんの
ように輝いていた。
信じられないくらい素敵で、僕の顔は緊張で、赤くなっていたことだろう。

「よし、いこう」「お母さん、行ってきます」と母に言い、待たせてあるタクシーで植物園に向かった。

植物園に着き、僕は紗代ねえさんの前を歩いたり、後ろになったりしながら、園の中を歩き回り、すぐにお昼の時間になった。

「ここにしようか」

展望台の近くの芝生の上にレジャーシートを敷き2人で座った。

「美味しいお弁当、作って来たからね」

紗代姉ちゃん手作りの豪華な弁当がひろげられた。どれもびっくりするほど美味しそうだ。
骨付きチキンの唐揚げ、花の形をした周りが赤い色のゆでたまご、薄焼きたまごの巻き寿司とのり巻きが交互にならべてある初めて見るご馳走だった、そしてどれもが最高に美味しかった。

「もういい、お腹いっぱい」

本当は全部食べたいくらいだったが、緊張するとすぐお腹の具合が悪くなるので、少なめで我慢した。紗代ねえさん前で、ウンコのためトイレに行くのがはずかしいからだ。

「もういいの?あんまりたべないんだねー、じゃジュース飲む?」

紗代ねえさんはネクターの缶を取り出した。そして
「紗代ちゃんはこっちから飲むから、ゆうくんはこっちから飲んでね」
ネクターの缶についている専用の缶切りで、缶の蓋の両端に飲み口用の穴を開けながら紗代ねえさんが言った。

「美味しい〜、ゆうくんネクター好きでしょ?」

ネクターを受け取ると缶には、薄く紅い口紅の跡がついていた。僕の心臓はドキドキバクバクである。反対側から飲めば間接キスだ、僕は密かに興奮しながらネクターを飲んだ。
もう一度紗代ねえさんはネクターを飲み、

「紗代ちゃんはもういいから全部飲んでいいよ」と手渡してくれた。

学校の話をしたり、本島の遊園地や、アイススケート場に連れて行ってくれる約束をして、紗代ねえさんが片付け始めて後ろ向きになったとき、僕はネクターの缶の口紅の付いた方から残ったネクターをいっきに飲み干した。

その瞬間、誰かに見られたような気になり、茂みに隠れてしまいたいほど恥ずかしくなっていた。紗代ねえさんに気づかれていないかと気になり、ドキドキはしばらくおさまらない。

「よし、じゃ売店でアイスクリーム食べて帰ろう」

勇気を振り絞って

「ネクターの缶、工作で使うから持って帰っていい」

と聞いた。本当は宝物にしたかったが、あっさりと

「ネクター買ってあげるから、お家で飲んでから使えばいいよ」

と金網の丸いゴミ箱に捨てられてしまった。

小学4年生、トキメキの休日だった。

兄と紗代ねえさんは結婚して、約束通りに翌年の夏休みにアイススケートや、遊園地に連れて行ってくれた。

おわり